カメラが回るということ。


カメラが回るということ。

私は17歳の時から
カメラが常にそばにあるという生活をしてきた。

そして31歳まで
ずっと
そのカメラに向かって
そのカメラを意識して
常に仕事をしてきた。

しかしながら
結婚と同時に
必ず
カメラの後ろ側に立つようになった。
自分は写ってはいけない存在になった。
なった。と、いうか
そうして来た。
外野と、いうものは、そういうものだ。

が。

今、再びカメラが回ることになった。
これは
私にとって
とてつもない異常なまでの緊張感が走るのだ。
とても神経を使う。

特に花に向かう時、

花に向かう自分の、集中力と
カメラが回る自分の意識と、
まわりの空間との意識が
バッティングして
交錯して
少し苦しいときがある。
花への集中が途切れる時がある。
それほどの
緊張感があるのだ。

準備を含めて薬師寺まであと33日

私の中ではカウントダウンが始まっている。
ゴングはとうに鳴っているのだ。

初日を、終えてから
猛省の日々だ。

しっかりせねば!

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